2011年10月17日

タラしこJAPAN DJs - みのる (ピクニック / Slump DJ's)

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 日本国内において「Electroclash」が、当時ごく一部でしか盛り上がりを見せていなかった2003年より、地元長野市でいち早くElectro/Rockをメインとした、ごった煮パーティー「ピクニック」を始動。盟友マサキをパートナーに結成した「Slump DJ's」として招聘された「Ganban Night Special vol.5」では、Trash産みの親であるErol Alkan、Electroの最重要アイコンJustice、Ed BangerのレーベルオーナーであるPedro Winter等との共演を果たし、その名を多くの人々の胸に刻んだ。Dex Pistols、80Kidzからも一目置かれる長野の誇り。その男の名は、みのる。

 2009年6月、僕が初めて長野でプレイする舞台を与えてくれた、長野Electro第二世代であるMAC主宰「99% MEGA DANCE」に出演して以降、知り合った数多くのDJ達(第三世代、若しくはそれ以降の新世代も含め)との間でルーツ話になると、皆が必ず「ピクニック」「Slump DJ's」「みのる」というキーワードを口にする。そんな誇り高く、ずっと憧れていたパーティーに、今年5月初めて出演させてもらった。DJを始めてから、あんなに衝動的且つ本能的にプレイしたのは初めてだった。ずっと背中を追い掛けていた三人が長い歴史を刻んだFAMEのDJブースで、僕は無我夢中で個人的に最も思い入れの深いピクニッククラシック「A B-Boy Patchy」を自らプレイした時は、今だから言うと心も手も震え、折角の見せ場でピッチがズレてしまったものだ。同曲を投下する直前、ナンタネ使いファンキーをプレイした時点で、みのるさんが感慨深げに僕の隣の照明卓前に立った。後で話を聞いたところによれば「黄色いB-Boy」のボイスループが鳴るや否や、フロアで踊っていたMagic Numberの名物DJであり、ピクニックの生き証人でもあるジュンさんが、キャッシャーをやっていたみのるさんの奥さん、アキコちゃんの元へ駆け寄り「行ってきな!」と交代してくれたそうだ。フロアで狂喜乱舞するアキコちゃん、笑顔で照明を操作するみのるさん、そして腕を組み棒立ちのMAC。この夜のハイライトだった。

“A Bit Patchy (中途半端なApache) × B-Boyイズム (ハンパなくNo.1)”

10.22、今度は新潟県のド真ん中で、この男に鳴らしてもらいましょう。

posted by Tarantula at 02:41| Comment(0) | TrackBack(0) | Party info. | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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